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40を手前にして・・・

 2012-11-05

みなさま、こんばんは。
週初めの夜、季節も進み夜の寒さも身に染みて来ました。
どうぞお体ご自愛くださいますよう。

最近、悩んでいる人が多いですね。

長引く不況に追い打ちをかけたリーマンショック。
100年に一回の世界的不況とも言われる現在の状況・・・・
大手家電メーカーも、大きな連結決算赤字を出してしまうなど、
世の中の話題は、何とも暗い話ばっかりです。

私も、3年前に仕事のストレスで倒れいきなり入院を経験した事がありました。
仕事が少ないので、逆に自分がやらねばならない事が倍々に膨らみ、
さらには公共事業という、クレーマー格好の的になる商売で、このせち辛い世の中が
とても嫌になった事もあります。

こんな人生やめちまおうか、とも考えてました。


そもそも「仕事」って、楽しさがあるものだろうか?


「やりがい」と「楽しさ」って、違うのか?

この仕事をやっていると、こんな事をいつも悩んでしまいます。


こんなブログをやっている私の鉄道好きは、子供の頃から抜けだせない?せいです。

中学生や高校生の頃は、今ほど「鉄道趣味」に対して市民権がなく、
その当時出来た言葉のまさに「オタク」とカテゴライズされてしまう趣味でして。
やっぱり、恥ずかしくて隠しておりました。

勉強も全くダメ、いつも授業さえ聞いていないばかりか、自宅学習なんてテストの前も
全くやりませんでしたから。
そうやって惰性での成績って言ったら、燦々たるものでした。

高校受験の時は、私の点数では60点も開きがある普通科高校のどちらかを選択受験しなくてはならず、
上の高校は、20点ほど足りません。
そんな状況に立たされても、勉強しようと思いませんでした。
そのため、いすみ鉄道で通学する事も出来ず(笑)
当時公立高校には「学区制度」という縛りがあって、点数的には外房線の終点にある高校
に行きたかったのですが、それもかないませんでした。
勝浦の親戚に住民票を移す方法も出来なくは無い、と聞いて先生に相談しましたが、
結局消極的で話は立ち消えてしまいました。

とまぁ、では何故私は学生時代に「惰性」で・・・・いやいや、つい3年前まで過ごして
居たのだろうか、という事がこの歳になってようやく分かりました。

頭の片隅にはありましたが、やっぱり私は「家業を継ぐ」事を背負って生きて来たのでした。
親はいつも「継ぐ事は考えるな、自分のやりたい事をやれ」という傍ら、
ある時は継いで貰いたい、と言う事も匂わす始末です。

それがどうでしょうか。

大学受験も失敗して、土木工学の専門学校行って、やっぱりどうしても大学に行きたいからって
受験して土木工学科に入ったら、専門学校で習った事とまるで同じカリキュラム。
テキストまで一緒・・・・時間の無駄と判断して辞めてしまいました。
これでは中退の資格にもなりません。

これも全て「惰性人生」なんですよ。
いったい、何がやりたかったのか、自分でも雲をつかむような感じでした。

ですが、もうその頃には所帯を持ちたいと思っていた妻の存在がありましたから、
とりあえず学生時代住んでいた東京でそのまま仕事に就きました。

そして、親が話があるからと言われて田舎に帰り・・・
「俺はあと2~3年しか生きられないから、帰って来てくれ・・」
当時から糖尿病を患っていた親父がそんな事を言い出しました。

それで、現在の今があります。

つまり「苦労してないよね~」と言われても仕方がありません。


よく言う人が居ます。「土木工事は、地図に残る仕事だからね!」

私に言わせると、だから何?


もとはと言えば、鉄道が好きなのですから自然に考えると「鉄道会社に入社」だったと思います。

しかも私の通っていた高校に初めてJR東日本の新卒求人が来ました。
さらに、いすみ鉄道の求人もありました。


それが、最近の人生フリーズがあって、ようやく這い上がって来て・・・・

この歳に、縁があって鉄道会社のお手伝いをやらせて頂けるチャンスがありました。

それで、学ばせて頂いた事があります。

「自分が楽しくなければ、お客様も楽しくないはず」


私が土木工事でどんなに楽しくても、楽しんでくれるお客様は見えて居ない。

やっぱり「人の笑顔が見れる商売」って、本当にいいなぁ・・・・と、つくづく感じます。


<つづく>

※仕事を楽しみ過ぎてもイケナイ!鉄道会社でいくらお手伝いと言っても、真剣にやっているつもりですが、
もしふざけていたり、楽し過ぎている様子でしたら直ぐに注意をお願いします。
これは己のために必要な事です。よろしくご指導のほどお願い申し上げます。




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