学校下踏切 その名前の由来とは?

 2015-02-11
五井起点 35k128m 第1種踏切 94箇所目/全101箇所

到達難易度 A (ABCD) A簡単~D難


養老渓谷駅からすぐ、
梅ヶ瀬渓谷方面に通じる道路の踏切です。

学校下踏切 (2)学校下踏切 (3)学校下踏切 (4)学校下踏切 (7)
学校下踏切 (18)

たしか久留里線にも同じような名前の踏切がありますよね。
いや、まったく同じでした!➡ 当ブログ記事より

学校下踏切 (5)
学校下踏切 (6)

列車はここから、20パーミル勾配を上総中野に向かって登りはじめます。

さてさて、ちょうど近所のおっかさんが歩いていましたので
思い切って、この踏切名の由来を聞いてみました。

兄さん(もう私オジサンですが)何処から来たんかい?という話もしながら
ニコニコしながら教えてくれました。

この坂を登ってみてくださいな。きっと答えがわかりますよ。

と言い残し、おっかさんはお散歩の続きをして行きました。

学校下踏切 (8)

ということで、踏切の向こうの丘に続く坂道を登ってみました。

学校下踏切 (15)

すると。そこには広大な土地が

学校下踏切 (14)

さらに、こんなものがひっそり建っています。

学校下踏切 (17)

よく見てみます。

学校下踏切 (16)

朝生原小学校・・・・しかも「学」の漢字が難しいですね。

学校下踏切 (12)学校下踏切 (13)

もうお察しだと思いますが、ここは廃校になった小学校の跡地なんですね。
敷地内には消防団詰所もあり、ポンプ操法練習なども行われているのでしょう。
ゲートボール場や遊具などもあり、
学校なき後も地元のコミニケーションの場として「現役」のようです。

朝生原小学校は、大久保小学校、月崎小学校とともに明治6年8月に創立され、
昭和47年、この3校を合併して上総大久保駅の白鳥小学校となりました。

さらに白鳥小学校も近年統合され、それをきっかけにして
小湊鉄道では2013年に通学の足を確保すべく里見駅の列車交換復活となったわけですが、

踏切の名前から辿る、鉄道と小学校の歴史・・・・・
思わぬ事に巡り合いましたね。

参考→白鳥小学校HP


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